ロックとお酒とバイクを愛するロマネスクのマスターは、レッド ツェッペリンとスズキのバイクがお気に入り!

ジョン・レノンが死んだ日

ジョン・レノンが死んだ日

1980年12月8日、ジョン・レノンが死んだ。
ボクは、多摩美術大学の1年生。
その日は、ビールケースを並べて、ステージを造っていた。

今にして思えば、この日は12月9日だったと思う。
ジョンが死んだのはNY時間の12月8日夜11時半過ぎだから・・・

ボクは、当時「ウェスタンクラブ」っていうサークルに所属。
「ウェスタンクラブ」って何?

よーするに「ロック研」なんだけど、初代の小室等さんが、
たまたま当時にカントリー・ミュージックをやってたことから
「ウェスタンクラブ」と名付けて、そのままネーミングを引継いだらしい。

で、たまたまその日は、「ウェスタンクラブ」の一ヶ月に一度の
野外コンサートの日だったのです。

午後の授業をサボって、ビールケースを並べて、ステージを造っていた
というわけ。

FENを聴きながら、みんなでステージを造ってたんだけど、
午後3時ころひとりが突然動かなくなった。
どうしたんだろうと思っていると、そいつが言った。

「ジョン・レノンが死んだ・・・・・」
皆で必死になってFENに耳を傾けたけど、詳細は分からなかった。
この時ほど、自分の英語力を呪ったことは無い!
とにかく「ジョン・レノンが死んだらしい」、という事しか分からなかった。

日本ではそれからしばらくして、ラジオやテレビでも速報が流れたらしい。

ジョン・レノン 死亡記事

ボク等は、日本の一般人としてはいちはやく
ジョン・レノンの死を知った人間のひとりだったのです。

とにかく、こっそり大騒ぎになって?、その日の野外コンサートは急遽、
「ジョン・レノン追悼コンサート」になったのでした。

当時ボクは、「ウェスタンクラブ」でバンドを3つ掛け持ちしてて、
その中の一つが、なんと、ビートルズのコピーバンドだったのです。

多摩美術大学ウェスタンクラブの音楽レベルは高くて、
ボク等のビートルズのコピーバンドは、お遊びバンドというランクでした。
ちなみに、バンドネームは「インスタント・カーマ」

ところが、事情が事情だけに、その日だけはボク等は大スター!!
ボクなんか、それまでヤッタことない「ディジー・ミス・リジー」
をドラム叩きながら歌っちゃいました。

インスタント・カーマ

・・・・で、気が付いたら次の日、というか、次の日の昼。
下北沢の民家の庭に寝ていました。
となりには、ベースの森君も。
ちなみに、多摩美術大学は八王子なんだけど。

・・・・どうにも、思い出せないのですが、いろんな話を総合すると、
野外コンサートの後、橋本の焼鳥屋で打上げて、
その後、車に分乗して下北沢に繰り出したらしいのです。

ただ、誰にきいてもその後の足取りは特定できませんでした。
ガンガンした帰りの頭には、「ジョン・レノン死亡」のニュースが
飛び込んできましたが、もう、どうでも良かったようにも思います。

ボクは真っ直ぐ帰宅することも出来ずに、新宿をウロウロしたあげく、
西武新宿線に乗った。

当時は西武新宿線の「野方」に住んでたんだけど、ひとつ手前の「沼袋」で降りちゃいました。
ロマネスクへ顔を出すため。
ロマネスクのマスターもジョン・レノン、好きだったしなぁー?・・・
【当時ロマネスクは「沼袋」にあり、ボクはお客でした】

ロマネスクへの階段をヨロヨロ登っていくと、ガラス戸が割れていました。
中へ入ると、常連のバンド仲間が何人かいるものの、
なぜか静まり返っていて・・・・
マスターは?というと、カウンターの奥で酔いつぶれていました。

・・・そして、ボクは語った。
ビートルズが、どんなに素晴らしいバンドであったか?。
ビートルズが、いかに時代を造ったか?
知ってる限りの、ビートルズのエピソードを語った。

本当は、レッド・ツェッペリンの方が好きだったし、
9月25日には、レッド・ツェッペリンのドラマーである
ジョン・ボーナムが死んだばっかりだっんだけど。

とにかく、とりつかれた様にビートルズを、ジョン・レノンを語った。
ボクの記憶は、そこまでです。
おそらく、そこでまた呑んだのでしょう。

そう。・・・・・じつは、ジョン・レノンが死んでしまう2ヶ月前、
9月25日にボクのアイドルだったジョン・ボーナムが死んでいるのです。

ジョン・ボーナム

どちらの方がショックだったなんて、とても考えられない。
とにかく、たて続けに、心にポッコリと2つも穴が開いてしまったわけで。
その後、ボクはだんだんと大学へ行かなくなってしまいました。

何かを、じっくりとよく考えたかったのかも知れない・・・・?
それが、ジョン・レノンやジョン・ボーナムの事とは、
あまり関係ないような気もしますが、とにかく、ジョン・レノンが死んでしった
あの日以降のしばらくの日々を、今だによく想いだせないのです。

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