ロックとお酒とバイクを愛するロマネスクのマスターは、レッド ツェッペリンとスズキのバイクがお気に入り!

スズキの4ストロークエンジン

スズキの4ストロークエンジン

いやー・・・スズキファンとして本当に、恥ずかしい!
なんで、今まで気がつかなかッたんだろう?

と、いうのは、スズキはもともと2ストのバイクメーカーとしてスタートして、
1976年のGS400までは、4ストロークの開発には手をつけなかった・・・・
と、信じていたのです

スズキさん、ごめんなさい!

スズキGS400

じつは、創世期にしっかりと4スト・エンジン、造ってたんですねー!
スズキを世界的に有名にしたベストセラー「コレダ号」には、
4ストと2ストがあったのです!

しかも、4スト車である「コレダ号 CO型」の方が先!!

コレダ号 CO型

ここで、少しコレダ号以前の話しをします
スズキが、当時の免許制度との関わりの中で、どんな戦略をたてたか?
という、バイク戦国時代を生き抜いてきた重要なカギが、かくされているのです

よーするに、1952年の道路交通法の改正により、「原動機付き自転車」は
許可制になったのです 免許、いらないんです

で、「原動機付き自転車」の規定というのが
2ストは60ccまで・4ストは90ccまで、というものでした
スズキの選んだ道は、「2ストロークエンジン・60cc単気筒」

これに合わせて、それまで造っていた「パワーフリー号」
のエンジンをベースに大幅に設計しなおしました
ちなみに、初代「パワーフリー号」は、36cc/1馬力!?(笑っちゃイケナい!)

そして、みごとに完成した60cc/2馬力の「ダイヤモンドフリー号」は
「富士登山レース」で優勝しちゃうのです

ダイヤモンドフリー号

全国的な販売網も完備した結果、スズキ二輪の基盤を固めていきました
なにをかくそう、実はそれまでは、自転車の補助エンジンだったのです
ここから、本格的なオートバイ製造に乗りだすのですが排気量枠を最大限に
生かすために、90cc・4ストロークエンジンの開発に着手します

こうして、「コレダ号 CO型」が完成して、またまた2年連続で
1954年の「第二回富士登山レース」で優勝しちゃいました

ところが、その年、また道路交通法の改正があったのです
2スト/4ストの区別が無くなり、「原動機付き自転車」は
第一種50cc以下と、第二種51cc〜125cc、とに分けられました

そこで、「コレダ号 CO型」の90cc・4ストロークエンジンをボアアップして
123cc「コレダ号 COX1型」を発売、大ヒットとなります!(写真は2型)

コレダ号 COX2型

そうなると、2ストの125ccも欲しいところですね
ここで、その後のスズキの運命を決める決断がくだされます
「同じ排気量ならば、2ストの方が性能的にも耐久性も有利だ!」

こうして完成した2スト「コレダ号 ST型」は ST6型まで発展し、
その後6年間で10万台の販売を記録したのです(写真は1959年ST6A型)

1959年ST6A型

そして、「コレダ号 COX」を最後に4ストロークエンジンの
開発からは、しばらくのあいだ遠ざかることになるのです
低公害型エンジンや、四輪車部門では4スト開発はあったのですが・・・

1973年11月8日、清水正尚二輪設計部長からエンジニアである中野廣之に
「4サイクルエンジン開発」の指示が出るまで・・・・・・・


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