ロックとお酒とバイクを愛するロマネスクのマスターは、レッド ツェッペリンとスズキのバイクがお気に入り!

都立家政スーパーロフト

都立家政スーパーロフト

「ロマネスク」を語るときに「都立家政スーパーロフト」の存在を忘れてはならない。
都立家政スーパーロフト」とは、「ロマネスク」から徒歩20分くらいにあったライブホールだ。

都立家政スーパーロフトの地図

もともとは畑の中の倒産した鉄工所。なんと畑を隔てた向こうには「黒テント」の稽古場が。
その鉄工所を1984年ころから舞踏家・ビショップ山田率いる「北方舞踏派」が
稽古場として管理・運営していた。
(稽古場というよりも、上演を想定したしっかりとした舞台が作られていた)

物語は「北方舞踏派」のスタッフS氏が、ロマネスクにフラっと立ち寄ったところから始まる。
S氏は北海道の出身。
かつてビショップ山田が小樽で「魚藍館」を設立し住みついた時からの
付合いでそのままいっしょに上京したらしい。

北方舞踏派チラシ1977

S氏は「鉄工所の稽古場を維持するのがたいへんだ」と語った。
すぐに打ち解けたS氏はボクに稽古場のライブホール化を持ちかけてきた。
なんかアヤシイ匂いもしたが、だいたい面白いことには怪しい匂いがつきものだ。

ボクは次の日、とにかく鉄工所の稽古場へ顔を出したのだった。
鉄工所の稽古場へは、すでに各分野から、怪しい連中が出入りしていた。
ボクもその怪しい連中のひとり、というわけ。
もう、そのときの直感で「これは面白いことになりそうだ」と確信したのだった。

数日後のこと・・・・・・
ところは、都立家政の場末の寿司屋「日乃出寿司」。
異様に狭く、怪しいくらいに安い寿司屋だ!
ここでビショップ山田のプロデューサーである荒戸原次郎氏を交えて、
創立メンバー数名によるミーティングがおこなわれた。

途中で「日乃出寿司」のオヤジから「ここは寿司屋だ!議論するトコじゃねェ!!」
などと怒られたりもした(笑)客はボクたちだけだったんだけど・・・・
とにかく、稽古場の管理・運営を荒戸原次郎氏から委託されることに。

・・・・・一ヶ月後、鉄工所の稽古場の内部はすべて黒一色に吹き付けられ、
音響機材や照明機材が次々に運び込まれた。
ボクは自分のドラムセットを運び込んで、ステージに設置した。

パールのプレジデント・シリーズという素材がファイバー製のヤツ。
色は「ディープ・オーシャン」という、ちょっとメタリック感がある紺色。
渋くて落ち着いた色だったが、赤い照明を受けるとキレイな紫色に輝いた。

パール/プレジデント

こうして「都立家政スーパーロフト」はスタートしたのだった。
後には「スーパーロフトKINDO」とリネームされたが、これは代表だった金堂修一からとったもの。

ボクはしばらくのあいだ、ロマネスクと都立家政スーパーロフトを行ったり来たりの生活が。
そうして「はなたらし」「 東京グランギニョル」「ブルーハーツ」「たまりみれん」
・・・・・・などなど、数々の伝説を生み出していくことになる。

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